乾久美子先生レクチャー

6月7日は、乾久美子建築設計事務所乾久美子先生にレクチャーをしていただきました。


以下概要になります。



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延岡駅プロジェクトについて


事務所設立から今までの12年間は、建築を考えるにあたって周辺環境をどう読み取り、どうリアクションするかについて考えてきた。しかし、単なるリアクションでは足りないと考えるようになった。
延岡駅のプロジェクトでは、アクションを与えるようなものを考えた。街を再生させるという、切実な願いを叶えるということ。

延岡駅周辺は、南北の工場に挟まれた市街地は工業を中心に栄えてきたが、脱工業化の流れを受けて幹線道路沿いにショッピングセンターが建てられた。駅周辺の中心市街地は衰退状況で、機能は揃っているが活気がない状態である。

駅そのものを再整備するにはどうすれば良いか。その再整備を通して街全体を再生することが大事である。
駅に商業を付帯させても、大規模ショッピングセンター・インターネットショッピングには勝てない。市民活動を付帯させるべきなのである。公共空間の担い手としてのコミュニティの変遷を見てみると、かつて地域コミュニティ公共的なサービスが都市化になるにあたり弱体化する中、NPOや大学などがつくるテーマコミュニティという新たなものが生まれた。それらに駅周辺を活性化するお手伝いをお願いする。(Studio-L 山崎亮様と協同)

公共交通利用者ゾーンと市民活動ゾーンを並列に並べただけでは人の動線は交わらず駅全体を活性化できないそれらの機能をできる限り分散化して、混ぜることを考えた。両者が触れ合う機会を増やすことで、お互いを知りアピールしあうメリットがある。

地方都市の駅開発でよく有り得る問題は駅に何もかも詰め込みすぎることである。今回は敢えて不足気味に用意することで、周りの空き店舗などの仕様を促す流れをつくろうとしている。駅の再整備は都市再生の「きっかけ」でしかなく、外にどんどん出すことが大事なのである。

市民活動を「可視化」すること。
足りていないのは「機能」でなく、「人のいる風景」である。

そこで、すべての活動を地上階で行うようにする。

1960年代のシンプルなRC造のJR駅舎はパッとしないが、市民からは親しみやすいといわれている。そこで、 JR駅舎を残したままの再整備を試み、大屋根を駅舎から連続するように溶け込ませることを考えた。駅を拡張するように柱が林立し、その中に機能が入っていく。

延岡市の市民活動のシステムとして、ハード面に関しては「駅まち会議」という乾様監修のものがあり、ソフト面に関しては「駅まち市民ワークショップ」というものを山崎亮様がされている。
そこで明らかになったのは、求められているのは単なるがらんどうの空間でなく、においや音が出ることも許容する、必要な機能を持った空間である。透明なガラスで区切ることで、視覚的な連続性を持ちながらそれを実現していく。

ガラスの問題は環境のコントロールが難しいことである。空調化してパッケージ化したものは作りたくない。
そこで、中川純様にお願いし、環境調査をスタートした。冬の偏西風がきついという住民の声があったことから、まずは地形全体を読み込み、気候の特徴を調べた。シミュレーションをしてみると、冬には駅舎に向けて冷たい風が駅に吹き付けることがわかった。それを、常緑樹によってある程度防ぐことができるようにした。また、ガラスで部屋を囲うのでなく、パタパタとガラスの壁を置いていくようにすることで、内部空間でも外部空間でもないような、多様な空間を作ろうとした。


延岡市の市民には、植栽に対する理解があまりない人が多い。周囲に当たり前にあるもので、良いイメージがないからである。
そのため、美観とは違った次元で証明しなければいけない。そこで用いたのがCFDであり、植物をモデリングしてある程度シミュレーションを行い、風の機能的に必要と言うようにした。

駅から市役所まで緑のネットワークも考え、その並木道の効用についてもシミュレーションでリサーチを行った。シミュレーションは地味なレベルかもしれないが、エビデンスづくりは切実に必要であると考えている。

東京大学都市工学科の羽藤英二先生がおっしゃっていたが、公共施設に必要なのは「理論的公共性」ということにすごく共感した。いかに納得できるものになるかが大事と考えている。

延岡駅のようなシンプルな設計は事務所が始まって以来である。
アクションとしての建築といっても、派手なものをつくって劇的に周辺環境を変えたいのではない。
なにかを少し足すことで街を変えること。それは、ささやかであるほど良いと実感している
確実な意味、確実な理由があればいいのである。



○藝大における課題について


芸大2年の住宅課題「自然と生活、そしてリズム」。敷地は根津神社内。エネルギーを使わない住宅を考える課題である。藝大という環境だからこそ、固めの課題を出してみた。

エネルギーとは何か。そもそも、我々はどういう存在なのか。そこでは、寄生について考えることになるだろう。石油などへの寄生でなく、有機的な関係を持てる「良い寄生」について。
どれだけ寄生するかのバランスを考えた人もいた。また、不必要なエネルギーのコントロールなど。
以下は数人の案の紹介。


・北条さんの案
風に寄生することを考えた案。いつも風が流れている場所を見つけ、煙突そのもののような屋根をつくった。
プロトタイプを立ち上げて実証していくことは大事で、プロトタイプの例として良い。周辺環境と融合し、人間のイマジネーションも加わっていることが良かった。


・永野さんの案
大木に寄生することを考えた案。木に寄生するというのは面白い最後の造形が詰め切れなかったが、アイデアが良い。


・都築さんの案
池に寄生することを考えた案。池に突っ込んだ土壁から生えるコケで壁面を常にウエットにする。池に建築を突っ込むという大胆な発想はやや暴力的だが、プリミティブなところからの発想は的を得ている。


・駒崎さんの案
庇からのれんを垂らす。あまりに長いのれんは間仕切りとしても利用できる。これが半外部空間の設計にもちゃんと絡んでいる。
また、人のアクティビティを要しているところが良い。サステナビリティは、このように文化的なものを感じさせるものであってほしい。



○質疑応答


・羽鳥様
延岡駅プロジェクトにおいて、いかにささやかな提案で影響力のあるものを作るか、というふうにおっしゃっていたが、結びつきや関係性が強くなるほど、象徴性は減るのではないか。表現みたいなものがある種邪魔になってくるのではないか。それに対してどう考えられるか。

乾先生:今のところはまだ第1作目である。誰でも作れるようなものを作っているというのはむしろすごく新鮮である。しかし、このモチベーションが続くかはまだわからない。
しかし、今はシンボル性は全く求められておらず、理論的公共性が求められているのは確かである。


・前先生
延岡駅プロジェクトにおいて、なぜポジティブな理由でなく、ネガティブな理由からアプローチされたのか。また、ネガティブを薄めると同時にポジティブに広げていく可能性についてどう考えられるか?

乾先生:市民の方から、風に対する不満が多くあったため、まずはネガティブをつぶすことが大事と考えた。また、今後は中間期や夏期の風のポジティブな利用も考えていきたい

都会の人間は自然に対して甘いように感じる。

乾先生:確かに、都会の人にはロマンティシズムがあるかも。

その違いは感じられるか?

乾先生:意外と、地方の人の方がエアコンをつけたりする。その差をなんとか埋めなければいけないが、その意味で中川純さんの助けが生きている。


・TA 中島くん
空間の質がたくさんあるが、プログラムはどれくらい想定されているか?初期値として、現在の市民活動しかないのか?

乾先生:基本的に求められているものは10年20年でそんなに変わらないと考えている。
キッチン、水回りがほしいなどを当てはめていく程度で、そんなに特殊なことはしていない。


・受講生 吉富くん
のれんを垂らす作品で、アクティビティを促す可能性とおっしゃっていたが、アクティビティはどういうレベル(建具レベル・建築レベルなど)でならできるのか。

乾先生:人を動かすネタはなんだって良い。しかし、ささやかでなければいけない。例えば建築レベルのもので、文化をつくるためのものだと言われても荷が重すぎる。


・受講生 西倉くん
風を考えたとき、直方体の形を変えるということは考えられなかったのか。

乾先生:実際のプロジェクトでデザインを考えるとなると、色々なパラメータがある。
その中で、風からスタートする形は考えられるが、今回は自然環境から形を考えるということを前に打ち出せる状況ではなかった。風は事後的に確認する程度。まずは何より、都市再生を促す機能性が第一であった。


・末光様
自然環境から形を考えることの可能性についてどのように考えられているか?今の段階では、シミュレーションは事後的な確認のみである。乾さんがご自身でいじれれば、変わるのだろうか。

乾先生:エネルギーから建築の形態を考えることに、個人にはリアリティは感じない。日影・風を考えるだけだと建築的な豊かさが圧倒的に足りず、単純で貧しい建築になる。
しかし、情報の束としての建築のなかに、環境的な要素が足りていないのは確かである。
どういうものかはわからないが、気軽に扱えるツールがあれば良い。


・TA 川島さん
藝大の北条さんは歴史的なことまで取り込み、環境をone of themと捉えられていた。しかし、全体的には環境は嫌われているように思うが、なぜなのか。

乾先生:ツールの扱いにくさ。意匠設計者の能力を超えたところにある感じなので、誰でも扱えるものになれば建築の幅が広がっていくと思っている。



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前スタジオ内のレクチャーということで、環境をどう織り交ぜていったかという視点をふまえながら、お話ししてくださいました。
エビデンス作りとしての環境は、建築が周囲にアクションを起こすようなものにしたいという乾先生の軸をさらに強固にしていたように思います。

実務においては、建築を作るにあたって色々な要素がある中で、自然環境から形を考えるということはほとんどないかもしれません。
しかし、乾先生がおっしゃっていたように、建築を形づくる情報の束の中に環境があることは確かで、その可能性を前スタジオで探るということには大きな意味があるのだと再確認できたように思います。



乾先生、お忙しい中大変ありがとうございました。